インタビュー

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人工知能ってそういうことだったのか会議~Shannon Lab田中潤様~
  田中 潤。Shannon Lab株式会社 代表取締役。 アメリカの大学で数学の実数解析の一分野である測度論や経路積分を研究。アメリカの大学教授にも難易度が高いといわれているアメリカ数学会でも数学論文を発表している。カリフォルニア大学リバーサイド校博士課程に在籍中にShannonLabを立ち上げるため2011年帰国。開発する際は常にpythonを愛用。     [松本] 今回のゲストは数学者であり、データサイエンティストであり、経営者でもあるShannon Lab株式会社代表取締役の田中潤さんです。   今回は「正しく理解する人工知能」がテーマです。昨今、様々な切り口で語られている人工知能ですが、評論家より最前線の現場で活躍しておられる専門家の意見こそ重要だと私は思っています。そこで真っ先に思い浮かんだのが田中さんでした。   まず初めに、簡単に自己紹介をお願いします。   [田中] 今日はよろしくお願いします。簡単に、弊社の紹介をしますね。   「シンギュラリティに備えて人工知能をビジネスにしていこう」ということで、人工知能を身近に感じ、みんなに使ってもらう世界を実現するためにShannon Lab株式会社を創立しました。この先、ありとあらゆる分野で人工知能が人間を超えていくという予測が世界中で行われています。そこに向けて今から着実にビジネスをやっていこうとしています。   弊社は人工知能の「エンジン」を作っている会社と表現すればいいでしょうか。対話エンジン、音声認識エンジンを作って、それらを拡張して商売に繋げています。   私自身は数学科出身の人間で、もともと数学の研究をしていました。数学的な研究から、最近だと音声認識の研究まで行っています。日本音響学会には「音響レンズによる遅延和を利用した距離選択収音」という論文が掲載されました。   最近は、特殊なマイクと音声認識の組み合わせの論文を書いているところです。指導頂いている先生曰く「これはサイエンス誌に載りそうだね」と言って下さったほど、かなり先進的な研究を行っています。   [松本] すごいですね!もともと数学をずっと研究されていたのですか?   [田中] そうです。純粋数学出身の人間です。   [松本] どうして現在のように人工知能の研究や音声認識の研究に携わられるようになったのでしょうか?   [田中] 博士研究課題が「経路積分」という、金融で使われている量子力学の理論手法でした。そういう背景があって、リーマンショック前に金融系を手伝っていたことがあったんです。既にその頃にはディープラーニングの基礎が完成していて、米国で色々と見ていたので「ニューラルネットワークが来るなぁ」とは思っていました。  ...
2017.04.25
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WEBメディアを成長させる「編集長」というお仕事。~ベーシック 執行役員 ferret創刊編集長 飯髙悠太様~
飯髙 悠太(いいたか ゆうた)。株式会社ベーシック 執行役員。 Webマーケティングメディア「ferret」の創刊編集長を務める。これまで広告代理店、制作会社、スタートアップを経験。複数のWebサービスやWebメディアの立ち上げに関わる。2014年4月ferretメディア化にあたり参画。   編集長・飯髙悠太 [松本] 今回のゲストは、株式会社ベーシックの飯髙さんです。飯髙さんはWebマーケティングメディア「ferret」の編集長を務めておられます。 今回は「自社でオウンドメディア始めるにあたり編集長を担うことになりまして、さて具体的に何すればいいんでしょう?」という人に向けて、編集長というお仕事のお話を聞きたいと考えています。それにピッタリなのが飯髙さんだと思って、声をかけさせていただきました。 [飯髙] 事前に質問事項読みましたけど、テーマが奥深いんですよ。準備が凄く大変。結果できてないけど(笑)。 [松本] 1月に執行役員に就任されたと聞きました。おめでとうございます。もう編集長という役職は降りられたんですか? [飯髙] いえ、続けていますよ。例えば、最近ちょっと更新できてないんですが、オイシックスのCMOの西井さんとやっている定期連載は、僕が現場に出て原稿も書いてます。ただ編集という作業はもう殆どやってないですね。原稿のチェックや大枠の決定は、毎週月曜日に編集メンバーの打ち合わせがあるので、そこでチェックしています。 [松本] なるほど。いろいろとお話をお伺いしていきたいのですが、その前に、まずは簡単に自己紹介をお願いします! [飯髙] 今に至るまでのキャリアをお話しましょうか。 僕、大学のときは何もしてなかったんです。授業受けるより競馬新聞読んで、昼間からお酒飲んで、あとはバイト漬けの毎日。いざ就職となったとき、なんとなくITかっこ良く見えて、他の業種業態より歴史が浅いから色々整備されていない点が多く見えて…ってことは勝てる要素があるなと思って(笑)。それでITばっか受けてたんですよね。今考えたら、ほんと何もわかってない小僧ですよね。 [松本] 就職活動されていた時期は2008年ですか? リーマンショック直撃世代ですね。 [飯髙] ですね。実は「リーマンショックが来た!」と分かって、内定式の前日に「内定辞退します」と会社に電話したんですよ。なぜなら、ITをやりたかったものの大学生活で何もやってなかったので、セールスしか僕には選択肢が無かったんですよね。 で、リーマンショックが起きたから「世の中の雇用は変動する。だから人材系に行くべきだ」と考えたんです。カッコよく言えば、一番辛い場所で営業経験をすることが成長の最大の近道だと思えたんですよね。そんな感じで秋採用探したんですけど、全然見つからなくて(笑)。リーマンショックまじでやべぇ、って思いました(笑)。 今まで言ったことないんですけど、ようやく見つけた1社目は歴史が50年ぐらいある紙媒体の人材系企業でした。僕が入る前年からマイナビと提携をしていてインターネット媒体も売るという話だったので、てっきりその部署に所属されるのかと思っていたら、紙媒体売ることになって(笑)。新聞広告も折り込みも売りました。1年は揉まれて強くなろうと、1日150件の飛び込み営業もしました。 [松本] それはメンタル鍛えられますねー…。 [飯髙] ある大手小売企業に2ヶ月間毎日のように飛び込み営業していたことがあります。受付前でたまたま通りがかった人に話かけたら、その人が人事部長だったんですよ。僕が名刺出したら向こうが「お前のこと知ってる」と。社内で有名になっていたらしく「お前また来週来い」と言ってくれたんです。行ったら、今まで渡していた名刺を全部持っていてくれたんですよ。僕、毎回名刺にメッセージを書いてたのですが「俺はこのメッセージでお前のこと知ってるから、何をやりたいか言え!」と。 [松本] そんなドラマみたいなシチュエーションあるんですね。 [飯髙] 「トップ連れてこい!」と言われていたんですが、あえてトップを連れて行かなかったんですよね。「そういう意気込みも好きだ」と褒められて。それで、人材業界では大型の案件受注できたんですよ。それで「よしやり遂げた!」と思って、結果半年で辞めました(笑)。 次に広告代理店のクラッチに移りました。最初はリスティング広告とか売りましたね。 [松本] 方向ガラリと変わりましたね! [飯髙] リスティング広告以外にFacebookページの制作・プロモーション支援もしていて、その仕事を通じて「ソーシャルの時代が来た!」と実体験も含めて感じましたね。 その当時、ソーシャルの領域でビジネスとして活動している人が少なかったので「ユーザーとしてTwitterもFacebookもかなり使ってたからビジネスチャンスはある!」と思って、ハイベロシティに行ったんです。ハイベロシティでは、超大手企業のソーシャルマーケティングをコンサルティングさせてもらったりしました。いろんな会社でいろんな事業を経験させてもらいましたが、僕自身を一番成長させてくれたのはハイベロシティだと思っていますね。 [松本] 何があったんですか? [飯髙] たかが25歳とかで超大手企業のコンサルティングって、そうできないですからね。あの当時、ソーシャルに関する知識があったってことで、そういった企業と関わることができました。ソーシャルでは僕の方が知識も経験もあったけど、それ以外に関してはむしろ色々教えてもらいましたね。 あと、クラッチに在籍していたときにオウンドメディアを立ち上げているんですが、その知見をもとにハイベロシティでもオウンドメディアを立ち上げて、結果的に月80万PVぐらいまで伸びたんですよね。コンサルティングの依頼を受けたのも「Facebook広告」というキーワードで1位を獲得していた記事からの問い合わせなんです。記事を書いた当時はSEOのことなんか何もわかっていませんでしたけど。 この頃から「メディアをやってみたい!」という気持ちが強くなりましたね。メディアってマーケティングの手段の積み重ねだと思うので、それまで色々経験したからこそメディアやりたいと素直に思えましたね。 [松本] しかも「0」から。 [飯髙] そう。そんな時、ベーシックの代表の秋山が「こういう人材が欲しい」というのを探す飲み会に呼ばれたんですよ(笑)。そこで「中小企業のマーケティングの課題はやばすぎる。これをメディアで解決したい。だからferretをこういう風にしたい」と口説かれたんです。メディア事業に自分の100%を出し切れそうだったので、入社を決意しました。それが2014年の4月ですね。 [松本] 会社を移るに従い、Webメディアに関わる比重が少しずつ高まっていますよね。キッカケや成功体験があったからですか? [飯髙] 自分のブログを運営していた時に「メディア楽しいな」と思ったことはあります。2012年にFacebookページがタイムライン化されるという情報を日本で最初に記事化したのは僕なんですよね。これがヤフーニュースにまで上がったんです。2日間で数万いいね獲得しました。サイトはWordPressで作っていたのですが、クソしょぼかったので、もうずっと落ちっぱなし(笑)。この記事読めねーって言われて(笑)。で、それがRTされてまたバズが起きる。こんなに来るんだ!という驚きとその反応を知るのが楽しいな、とは思いましたね。   「編集長」は具体的に何をする人なのか? [松本] では本題の編集長というお仕事について、内容とか考えについて伺いたいと思います。いまferretって立ち上げ2年ちょいで月間270万PVでしたよね? [飯髙] そうですね。2014年9月に立ち上げて2016年12月時点で月間270万PVです。2016年6月から10月ぐらいまで今までの成長曲線が鈍化していたんですが、その分だけまたストレッチしてますね。 [松本] 今、一番何が楽しいですか?...
2017.02.21
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WEBメディアを成長させる「編集長」というお仕事。~ベーシック 執行役員 ferret創刊編集長 飯髙悠太様~
飯髙 悠太(いいたか ゆうた)。株式会社ベーシック 執行役員。 Webマーケティングメディア「ferret」の創刊編集長を務める。これまで広告代理店、制作会社、スタートアップを経験。複数のWebサービスやWebメディアの立ち上げに関わる。2014年4月ferretメディア化にあたり参画。     編集長・飯髙悠太     [松本] 今回のゲストは、株式会社ベーシックの飯髙さんです。飯髙さんはWebマーケティングメディア「ferret」の編集長を務めておられます。   今回は「自社でオウンドメディア始めるにあたり編集長を担うことになりまして、さて具体的に何すればいいんでしょう?」という人に向けて、編集長というお仕事のお話を聞きたいと考えています。それにピッタリなのが飯髙さんだと思って、声をかけさせていただきました。   [飯髙] 事前に質問事項読みましたけど、テーマが奥深いんですよ。準備が凄く大変。結果できてないけど(笑)。   [松本] 1月に執行役員に就任されたと聞きました。おめでとうございます。もう編集長という役職は降りられたんですか?   [飯髙] いえ、続けていますよ。例えば、最近ちょっと更新できてないんですが、オイシックスのCMOの西井さんとやっている定期連載は、僕が現場に出て原稿も書いてます。ただ編集という作業はもう殆どやってないですね。原稿のチェックや大枠の決定は、毎週月曜日に編集メンバーの打ち合わせがあるので、そこでチェックしています。   [松本] なるほど。いろいろとお話をお伺いしていきたいのですが、その前に、まずは簡単に自己紹介をお願いします!   [飯髙] 今に至るまでのキャリアをお話しましょうか。   僕、大学のときは何もしてなかったんです。授業受けるより競馬新聞読んで、昼間からお酒飲んで、あとはバイト漬けの毎日。いざ就職となったとき、なんとなくITかっこ良く見えて、他の業種業態より歴史が浅いから色々整備されていない点が多く見えて…ってことは勝てる要素があるなと思って(笑)。それでITばっか受けてたんですよね。今考えたら、ほんと何もわかってない小僧ですよね。   [松本] 就職活動されていた時期は2008年ですか? リーマンショック直撃世代ですね。   [飯髙] ですね。実は「リーマンショックが来た!」と分かって、内定式の前日に「内定辞退します」と会社に電話したんですよ。なぜなら、ITをやりたかったものの大学生活で何もやってなかったので、セールスしか僕には選択肢が無かったんですよね。   で、リーマンショックが起きたから「世の中の雇用は変動する。だから人材系に行くべきだ」と考えたんです。カッコよく言えば、一番辛い場所で営業経験をすることが成長の最大の近道だと思えたんですよね。そんな感じで秋採用探したんですけど、全然見つからなくて(笑)。リーマンショックまじでやべぇ、って思いました(笑)。  ...
2017.02.21
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「アドテク」開発の最前線から見るデジタルマーケティングの今まで・これから~EVERRISE伊藤孝様~
1977年生まれ。東京都出身。ソフトウェア開発会社にてプログラマとしてキャリアをスタート。物流や会計などのプロジェクトに携わった後、2006年に現経営陣とともに株式会社EVERRISEを創業し取締役就任。起業後もアドテク領域で多数のプロジェクトで実績を積み、現在は主にコンサルティング営業を担当。       アドテク開発の最前線に10年以上立ち続けた男・伊藤孝       [松本] 今回のゲストはアドテクノロジー(以降は「アドテク」と表記)業界でお馴染み、株式会社EVERRISEの伊藤孝さんです。伊藤さんとは以前にアドテク勉強会にお招きいただいて、それ以降のお付き合いをさせていただいております。今日はよろしくお願いします。   伊藤さんにインタビューをさせていただきたいと思ったのは、私がアドエビスというプロダクトの開発に携わってもう10年が経つのですが、同じようなエンジニアの方にアドとテクノロジーの関係をどう思われているかインタビューしたかったからです。システムの数だけ、開発の側面から「アドテク」を語れる人がいるはずで、真っ先に思い浮かんだのが伊藤さんでした。   [伊藤] 10年ですか!長いですね。御社は業界の仲間でもありますし、ある意味では競合要素もありますし(笑)、今日のお話は共感し合える点が多く出てきそうですね。   [松本] 昨今はビッグデータ、人工知能という文脈で語られるデジタルマーケティングですが、その端緒は「アドテク」が切り開いたと考えています。マーケターの方に「アドテク」を伺うよりも、創ってこられたエンジニアの方に「アドテク」を伺ったほうが「何を造らなくなったのか」「何を造るようになったのか」という比較もできると思いました。   [伊藤] なるほど。よろしくお願いします。   [松本] 色々とお話をお伺いする前に、まずは伊藤さんのことを詳しく教えてください!   [伊藤] まず会社の説明を簡単にさせていただきます。当社、株式会社EVERRISEはデジタルマーケティングに関するテクノロジーを提供するテックカンパニーです。   マーケティングに関するシステム開発をコンサルティング、設計、製造、運用保守まで一気通貫で提供しております。その他、マーケティング系の自社サービスの提供も行っております。是非気軽にご相談ください!   さて、私についてですが、今年で39歳、二児の父です。17年ほどITの世界に居ます。もともとは銀行や物流などの開発を行うSIerからキャリアを始めています。ここでシステム開発の基礎を学びました。   独立をしたのは2006年です。当時mixiが流行ったりWeb2.0などという単語が聞かれるようになり、ネットバブル崩壊で冷え切った状態から盛り返して、インターネットの力を世間が再認識した時代でした。もちろん業界人である僕らはもう少し前からそれを感じていたので、自分たちで新しいWEBサービスを作りたいという思いが抑えきれず独立しました。   独立して最初にご挨拶をさせていただいたのが広告業界の方々で、そこでアドサーバのカスタマイズ案件を依頼されたんです。そこから「アドテク」との出会いが始まり、気が付いたら広告系の仕事をいっぱいすることになって、今に至ります。広告系の知見があったので何かを生み出したいというわけではなく、ご挨拶させていただいた「縁」からマーケティングの世界の門戸を開くことになりました。   [松本] 2006年は私が就職活動をしていた頃です。確かベンチャーブームだった記憶があります。私も「ベンチャーかっこいい!」と思って、まだ社員数10名に満たない株式会社ロックオンに入社しました。   [伊藤]...
2017.02.21
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これからの「DMP」の話をしよう~SATORI中野学様~
DMPを使いこなすマーケター・中野学     [松本] 今回のゲストはSATORI株式会社の中野学さんです。中野さんはサイエンスとサイコロジーを併せ持つマーケターだと思っていて、本当に尊敬しているんです。今日はよろしくお願いします。   [中野] 尊敬!ありがとうございます。私もデータサイエンティストの松本さんを尊敬しています。いつもマメ研のインタビューを熟読しているのですが、毎回結構なボリュームありますよね。大いなる覚悟を持って今日この場に挑んでいます。下手なこと言って恥をかかないよう、ばっちり準備してきましたよ!(笑)   [松本] ありがとうございます(笑)。今回、インタビューをしたいと思った理由は、中野さんはDMPを使いこなして失敗も成功も経験されている数少ないマーケターの1人だと考えているからです。DMPは私もITメディアで連載をさせてもらっていて、いまだ誤解の多い領域だと感じています。だからこそスペシャリストに「DMPはなぜ必要になったのか?」「DMPは何を実現したいのか?」「これからもDMPは必要なのか?」という”そもそも論”をお聞きしたいと思っています。   いろいろとお話をお伺いしていく前に、まずは簡単に自己紹介をお願いします。   [中野] 今までのキャリアを簡単にお話させていただきます。私がデジタルの世界に入ったのは2007年です。気付けばもう10年この世界に身を置いています。世の中では「10年ひとくくり」と言いますが、やっと自分の型のようなものが見えてきたかな、という実感があります。   これまでインターネット関連企業で、クライアント様のデジタルマーケティングに関する課題を解決する取り組みを一貫して行ってきました。とはいえ10年間同じ内容というわけではなく、その時代によって課題の解決方法は全然違います。例えば最初は、WEBサイトのコンサルティングのためにアクセス解析の分野に関わっていました。ページにアクセスされている時間の波をみて、主婦がサイトを見ているなど、推測をしていました。   他には、デジタルエージェンシーでコミュニケーション戦略をじっくり考えていた事もありました。提案書を100枚書いたこともあります(笑)。今は、SATORIでマーケティングオートメーションツールの拡販を行うためのマーケティング業務に携わっています。考えてみれば、ずっとデジタルマーケティングの世界にいて「コミュニケーション」を軸携わってきました。   [松本] 一貫してマーケ畑なんですね。新卒の就職活動のタイミングから、インターネットの世界、デジタルマーケティングの世界で頑張ろう!と会社を探されていたんですか?   [中野] それ聞かれるだろうなぁと思っていました(笑)。私が最初にインターネットに出会ったのは中学2年生ぐらいです。Windows95が出てきて、学校の授業でインターネットに触れて、本当感動したんです。高校生のころは自分でPC組み立てていましたね。とはいえ、大学ではそれらとは全然関係ない学部に籍を置いていて、就職活動も最初は違う業界に目を向けていました。もともと文章を書くことが好きだったので、出版社や編集プロダクション志望でした。   [松本] その当時、インターネットとは距離があった業界ですよね。いったい何があってマーケターになられたんですか?   [中野] セレンビリティみたいなものだと思うんですが…うちの大学、図書館がリッチだったんです。大正時代以降の新聞が縮小版で全て保管されていて。授業が無くて暇な時は、それを見ていたんですね。   [松本] 暇つぶしの癖がすごい!   [中野] 何を見ていたかというと、新聞広告を見ていたんです。大正や昭和の「冷蔵庫ができました!」「氷が作れるようになりました!」という広告を見て「なんと面白いコミュニケーションがあるんだろう」と思っていました。現代のバナー広告のクリエイティブと比べても、やっぱり趣がちがうんですよ。   その当時はインターネットなんかなくて、メディアとしての新聞の役割が大きな時代だったと思います。そんな時代に、いかに生活がもっと今より便利になるかが描写されているんです。今では冷蔵庫なんて当たり前かもしれませんが。ドラえもんの秘密道具みたいなワクワク感が広告から伝わるんですよね。最近で言えばiphoneが出てきたときのような感動に近いかもしれません。それでコミュニケーションの世界は面白いんだなぁ、という素養が生まれました。...
2017.02.07
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「すでに起こった未来」から私たちマーケターが2017年にやるべきこと
27歳の戦略・企画課長、足立愛樹が見た「米国発トレンド」     [松本] 今回のゲストは当社のロックオンの足立愛樹さんです。足立さんは新卒ながら4番打者でエースという日ハム・大谷選手のような活躍をされています。今日はよろしくお願いします。   今回、インタビューをしたいと思った理由として、足立さんは会社の「特命」として、昨年ごろから海外のカンファレンスに参加されていますよね。米国のマーケティングトレンドを伝聞じゃなく見聞されて肌で感じている。凄く貴重な経験が蓄積されていると思うんです。   1998年に公開された映画「踊る大捜査線」で織田裕二扮する青島が「アメリカで起きたことは5年後に日本で起こる」と言っていましたが、そのインターバルはどんどん短くなり、今や1年程度に短縮されています。足立さんが2016年に米国で見てきたことは、2017年には日本でも流行るのだと思うんです。つまり、米国には既に起こった日本の未来があると私は思うのです。   [足立] 踊る大捜査線(笑)。すべてが日本で起こるということはないですが、この業界では海外ですでに優れたコンセプトが提唱されているケースも多く、その点では「日本が学ぶ、日本で流行る」ということはこれからも起こっていくと思います。   [松本] 足立さんは顧客のマーケティング戦略立案の根っこにコンサルタントとして参加され、テクノロジーを使ったマーケティングソリューションの実現に貢献しているという認識を私は持っています。アカデミックだけじゃない、テックだけじゃない、セールスだけじゃない、マーケティングだけじゃない、そうした複眼的な視野を持つ足立さんが米国で何を見たのかを知るのが今回のインタビューの目的です。   その前に足立さんの自己紹介を簡単にお願いします。   [足立] めちゃハードルあげましたね。(笑)   足立愛樹と申します。2012年に新卒でロックオンに入社しました。セールスコンサルタントを経て、コーポレート戦略部マーケティングプラットフォーム戦略企画課に所属しています。主な仕事は、1つ目に製品の企画から販売までの流れを作ること。2つ目は来るべきロックオンの海外進出に備えてマイルストーンを作ることです。   [松本] 2012年はリーマンショック明けとはいえ、まだまだ不況が続く世の中だったと思います。ベンチャー思考の学生は少なく、安定した会社に就職したいと考える学生が多かった印象です。なぜ足立さんはロックオンを選んだのでしょう?   [足立] モノづくりを通した体験・価値を提供していきたいという想いがあったのと、成長産業に身を投じたいという2点です。大学は理系で電子工学を学んでいて、メーカーで1年ほど研究開発インターンとして機会をいただいたこともあります。ただ、そのメーカーで「お客様が求めているもの」を1年かけて作れた感覚が無かったんです。   マーケティングが行えていないこと(自分自身も求められるもの知ろうとしていなかったこと)を後々振り返っていて痛感しました。良い体験や時間が提供できるサービス、ものづくりに携わりたいとは思っていたんですが、それなら完成したものより、お客様と接しながら進化させていくほうに興味を持ったので、大企業よりベンチャーのほうが良いな、と思うようになりロックオンの門戸を開くことにしました。         [松本] 入社以降、様々な実績を残して来られましたが、確かもともと海外志望でしたよね。良かったですね、やりたいことと会社の目指すべき方向が一致して。 [足立] そうですね。もともと好奇心が強くて、国境の枠を超えて切磋琢磨したいと考えていたので、本当に良かったです。    ...
2017.01.17
インタビュー
モノが売れない時代。「インサイト」の考え方が私たちのマーケティングを変える~デコム大松孝弘様~
  1970年生まれ、広告会社を経て2004年デコムを設立。インサイトやアイデア開発支援に関する著書、講演は、海外も含め多数。医薬品・食品・飲料・化粧品・日用品・通信・自動車・エレクトロニクス・メディアなどの領域において、心理学や文化人類学からのアプローチによる独自の調査手法で、アイデアとイノベーションを導きだしている。       インサイトリサーチのスペシャリスト・大松孝弘       [松本] 今回のゲストは、インサイトリサーチのスペシャリストである株式会社デコムの大松孝弘さんです。大松さんとは同じ大学院に通う同窓生です。今日はよろしくお願いします。   大松さんにインタビューをさせていただきたいと思ったのは、私がデータサイエンティストとして活動する中で、数字から仮説を導くことの難しさを日々痛感しているからです。ユーザーが取った行動は分かっても、なぜそんな行動をしたのかが分からない。   そのことにずっと悩んでいた頃に、大松さんがインサイトの話を授業でされていて「これだ!」と思ったのです。   [大松] なるほど。   [松本] 私が天啓を得たと感じた「インサイト」について説明していただく前に、まずは大松さんのことを詳しく教えてください。         [大松] 株式会社デコムという会社の代表を務めています大松孝弘です。会社は今年で13期目になります。創業から一貫して「インサイトリサーチによるアイデア開発支援」というサービスを、企業のマーケティング部門や研究開発部門の方に向けて提供しています。マーケティングのプロセスの中でも、主に上流工程(コンセプト開発)をお手伝いすることが多いです。   弊社には3つの技術があります。1つ目はインサイトリサーチの手法。2つ目はアイディエーションやコンセプト開発などを体系立てたプロセス。コンセプト開発って、ノリと勢いでワーワーやるだけじゃダメですから、目の前の既成概念をぶっ壊しながら体系立てて進めていくプロセスを提供しています。3つ目はデータサイエンス。仮説で終わらせるのではなく「本当にそうなんですか?」と定量的に確かめる技術とノウハウが社内に蓄積されています。   2006年にはインサイトリサーチに関する書籍としては日本初である「図解やさしくわかるインサイトマーケティング」という本を出版しました。2008年には韓国版出版記念として現地で講演を行っています。サムスンやヒュンダイなどの財閥系を中心としたコンセプト開発に携わる人たちが大勢居ましたね。韓国は感性工学の学会が日本より1年早くできるなど、人が何となく求めているようなものを明確にしていこうというモチベーションは高いのかもしれません。     図解やさしくわかるインサイトマーケティング (Series Marketing) 波田 浩之 大松 孝弘...
2016.11.08
インタビュー
今日から実践できる!分析の力で組織を動かす極意~データ&ストーリーLLC 柏木吉基様~
データ&ストーリーLLC 代表。多摩大学大学院 ビジネススクール客員教授。横浜国立大学 非常勤講師。大学卒業後、日立製作所にて海外向けセールスエンジニア。米国にてMBAを取得後、2004年日産自動車へ。海外マーケティング&セールス部門、組織開発部ビジネス改革マネージャ等を歴任。2014年10月独立。   今回は全文1万文字と長いです。お昼休憩や、通勤・通学の最中にどうぞ。     課題解決家・柏木吉基が誕生するまで     [松本] 今回のゲストは、データ分析や統計に関する本を既に9冊も出版されている(2016年06月現在)柏木吉基さんです。満席になっているデータ活用セミナーは柏木さんが講師をつとめられていることが多いですね。それぐらい人気の方なんです。   初めてお会いしたのは、私が通っている多摩大学大学院のクリティカルシンキングの授業です。柏木さんには講師として指導頂きました。何が課題かを明確にする様々な手法を学べて、授業のたびに感銘を受けました。   ところで、授業でお会いする前に、実は柏木さんが出版された本を買っていまして、本棚に名前があったときはビックリしました。この本ですね。     「それ、根拠あるの?」と言わせないデータ・統計分析ができる本 柏木吉基 日本実業出版社 2013-05-20     [柏木] ありがとうございます。(笑)   [松本] 柏木さんは世間一般に言われる「分析者」の中でもかなり異才だと思っています。深層学習できます!TensorFlow触れます!という手法特化型が多い中で、何を解決すればいいのか?どうやって説得するのか?という目的思考型を極めておられる印象を持っています。   どのように分析のフレームワークや思考法を身に付けられたのかを知りたくて、今回のインタビューを申し込ませていただきました。         [柏木] 解りました。では私自身の背景をお話しした方が良さそうですね。   私自身は理系出身ですが、統計や数字を専門的に学んだとはありません。新卒で入社した会社は日立ですが、分析の業務経験もあまりありません。アメリカのビジネススクールに留学して、Decision & Information...
2016.06.13
インタビュー
実は身近な自然言語処理の話〜首都大学東京 准教授 小町守様~
過去分はコチラ マメ研インタビューシリーズ第1回 産業技術総合研究所 油井誠様 ~マーケターもクエリ言語をやりましょう!~ マメ研インタビューシリーズ第2回 サイバーエージェント チーフデータアナリスト岡川宏之様 ~結果の積み重ねで信頼を勝ち取る!~     2005年東京大学教養学部卒業。2010年3月奈良先端科学技術大学院大学博士後期課程を修了し、博士(工学)を取得。奈良先端科学技術大学院大学助教を経て2013年4月より現職。自然言語処理を専門に研究。ヤフー株式会社、アップルジャパン株式会社等に対し研究開発コンサルティングの実績も持つ。         自然言語処理に関する分野で先進的な研究をおこなっていらっしゃる小町守先生をお迎えして、「ビッグデータ」ブームや、ご研究などについてなど、ざっくばらんにお話いただきます。     「ビッグデータ」ブームに関して     [豊澤] 本日は、自然言語処理分野でご活躍中の首都大学東京、准教授、小町守様にお話を伺います。当サイトの読者様はマーケティング寄りのデータ分析に関心のある方が多いと考えられます。恐らく、ビッグデータという言葉・ブームについて色々とお感じになっていらっしゃると読者様も多いのではと推測しているのですが、まず先生のご見解を伺いたいと思います。   [小町] ビッグデータについて(ブームに水を差すような)発言すると後ろから誰かに刺されるのではないかと思っていまして(笑)、公の場では自分の考えを発表することを控えていました。   ですが、良い機会なので話させていただきます。 個人的にはビッグデータが関係するようなデータに関わる仕事をされている人は多くないと思っています。 それほどデータをもっているような会社も多くはないでしょうし、また、データを扱うのに特殊なノウハウが必要です。   リアルタイムで扱うにはチューニングも相当程度必要になりますし、大規模データを扱うのでしたら計算量のオーダーをちゃんと気にしないといけないとか、割とコンピューターサイエンスの基礎を身に付けている人でなければ扱えないことがあります。   独学でやっているとその場その場でのプログラミングはできるでしょう。しかし、そういう大規模になった瞬間に実装しているアルゴリズムの計算量が3乗のオーダーなのか2乗のオーダーなのか、それともデータが増えても時間が増えないのか認識しないといけない。   そういうような感覚をもっている人っていうのはそんなにいない印象ですね。   逆に言うとほとんどの企業では所謂ビッグデータは関係ないと思っておりまして、それよりは、凄くその個別企業さんで持っているような中規模で分野の知識が詰まっているようなデータをいかにマイニングしていく方が大事なんだろうと思います。   [豊澤] まずはスモールデータの活用からしっかりしないとということですね。...
2014.01.29
インタビュー
マーケターもクエリ言語をやりましょう!~産業技術総合研究所 油井誠~
マーケティングメトリックス研究所ではデータ分析に関わる研究者や実務家の方々をお招きしインタビューシリーズにも取り組む運びとなりました。 当サイトにお越し下さる読者の皆様のデータ活用に少しでもお役に立てれば幸いです。 記念すべき第1回目は産業技術の幅広い分野の研究を行う国内最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所の油井誠研究員をお迎えしてビッグデータを扱う基盤技術や機械学習についてお話を伺います。   2003年芝浦工業大学工学部卒業。奈良先端科学技術大学院大学博士前期・後期課程をそれぞれ短縮修了し2009年3月博士(工学)を取得。2003年7月IPA未踏ユース、スーパークリエータ認定。2009年日本学術振興会特別研究員 (PD 工学)、早稲田大学IT研究機構客員研究員(兼任)。2010年4月より独立行政法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門サービスウェア研究グループ研究員、現在に至る。   [豊澤] それでは早速ですが、ご経歴についてご紹介をお願いいたします。   [油井] 学部時代から一貫してデータベース分野、とくに大規模データ処理を専門としています。 大学4年生の2002年には、XML専用のデータベースを作りました。それはXMLの木構造を表構造にマッピングして関係データベースにデータを投入した上で、XMLの木構造を辿る問合せ(XPath)を関係データベース上で効率的に処理することを可能とするものです。 木構造を辿る問合せを関係データベース上で表現するには多数のジョイン処理が必要となる点が難しいのですが、これを木の根からのパス情報や各ノードの位置の索引などを貼ることによって解決するものでした。   この研究内容でIPA(独立行政法人情報処理推進機構)の未踏ソフトウェア創造事業の(若い優秀なプログラマーを見つける)未踏ユースに応募したところ採択されて、被採択者の中でも優れたスーパークリエータ※1として選出されました。他に選出された方々も非常に個性的で志しの高い方が多くて、刺激を受けました。   その後、一般企業に就職したのですが研究のほうに戻りたくなりまして、奈良先端科学技術大学院大学に進学しました。そこでネイティブXMLデータベースの研究と、その頃出荷されていたばかりのメニーコアのプロセッサを使い、大量のトランザクションを扱える高性能データベースの研究を行っていました。 ちなみに、データベースのコア技術研究で使用していたサン・マイクロシステムズのNiagara 2は64プロセッサ搭載していまして、プロセッサ数は現在のマルチコアCPUよりずっと多い、面白いマシンです。   その後は、日本学術振興会の特別研究員に採用され早稲田大学で研究員をしていました。その間、海外派遣の制度を利用しオランダの国立情報学数学研究所に客員研究員として滞在しました。そこでは通常のデータベースよりは、分析寄りのデータウェアハウスの研究を行いました。具体的には、通常のデータベースよりも大規模なデータを複数の計算機を使って並列処理する研究をしました。   その研究を通じて分析領域に興味を持ちまして、産業技術総合研究所に移ってから、より高度な分析に取り組んでみたくなり機械学習の勉強をしていたところ、株式会社ロックオンさんとの人的ネットワークもあり、今回の共同研究がスタートしたという次第です。   [豊澤] データベースからより分析寄りと言われるデータウェアハウスについて教えて頂けますか。   [油井] データベースの中でもかなり高度な分析をやっていこうという流れがこの領域にありまして、例えばデータウェアハウスの中にSAS※2などの高度な分析機能、機械学習の機能をデータベースに押し込んでしまおうというような研究があります。 多くのデータウェアハウスベンダでこうした取り組みが進めていまして、例えばテラデータ(Teradata)社の取り組み※3やGreenplumのMADlib(madlib.net)が代表的な例です。   [豊澤] 統計解析やデータマイニングのパッケージソフトを別途用意するのではなくて、データウェアハウスの中で分析や機械学習による予測まで行ってしまうということなんですね。   [油井] 分析の度にデータの出し入れを行うのはデータ量が莫大になると時間のロスや負荷が発生するので、データが存在するところで分析を行った方が効率的だという考えです。 テラバイト級のデータの分析を行った場合を考えて頂ければ想像が付くと思いますが、データベースとアプリケーション間でデータを出し入れするだけでも一苦労です。データベース内での分析技術はIn-database...
2013.11.01